国内自動車販売の減少が止まらない。昨年秋以後の大幅下落は、金融危機によるところが大きいが、それを差し引いても長期下落傾向は明白だ。
軽自動車を除く乗用車の2008年の販売台数は281万台で、ピークだった1990年から35%も減った。好調な軽を含めても17%減だ。
こうした傾向は、人口減少、若者の支出の携帯電話へのシフトなどがよく理由に挙げられる。バブル以前と比べると、自動車が単に「足代わり」「下駄代わり」になり、人々(特に若者)のあこがれの対象でなくなったという国産車のカリスマ性喪失の影響も大きいようだ。かつては「いつかはスカイライン」「いつかはクラウン」などと言ったものだが、めっきり聞かれなくなった。
一方で、欧州車を中心に外国製の自動車はまだ、そのカリスマ性を維持しているようだ。なぜ国産車はせん望の対象でなくなったのか。
1つには、あまりに没個性的な車作りがあるのではないか。それがよくわかるのがスタイルだ。どの車も同じような形で、特に前面からだけ見た場合、車種の識別が非常に困難になっている。空気抵抗軽減、燃費改善などためスラントノーズ(フロントグリルの下部が出っ張った形状)の導入が拡大してからは、スタイルの同一化に一段と拍車が掛かったようだ。

失われた個性、カリスマ性を取り戻すのは容易ではなさそうだが、ビッグスリーでただ1つ生き残ったフォードのマスタングの成功は、ひとつのヒントになりそうだ。最近は街で新型マスタングの姿を見ることが多くなってきた。
マスタングは70年代前半のマッスルカー全盛時に若者のカリスマとなったものの、それ以後はオイルショックの影響もあり次第に小型化、カリスマ性も失なわれた。
現在のマスタングは6代目。小型化こそしたものの、初代のデザインを強く意識したものだ。フロントグリルの上部が突き出た逆スラントノーズといえるデザイン。空力効率はやや犠牲になっているのだろうが、サメを髣髴(ほうふつ)とさせる精かんなスタイルで魅力をアピール、マイナス面を克服している。久々に「アメ車」らしい「アメ車」に出会ったと感じたのは、筆者だけではあるまい。
国産車メーカーは、世界的経済混乱が収集すれば、日本市場は低調のままでも、新興国相手に十分やっていけると考えているのかもしれないが、国産車のカリスマ復活、さらに市場活性化にもうひと工夫欲しいところだ。
テレビでは城山三郎氏の代表作である「官僚たちの夏」の放映が始まった。通産省(現経産省)の官僚と企業が一体となって、外車の性能に追いつき追い越すことを目標に、必死に国産車を育成する姿が描かれている。50年以上前の話で隔世の感もあるが、今一度その姿勢を思い出してみてもよいのではないだろうか。
(写真/ロイター)

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20件のコメント
バカバカしいにも程がある
そんな趣味性の高い車なんぞは所詮ニッチだ
手作りで職人さんがが丹精込めて作ってる町工場ならともかく何百万台と売る日本の大手自動車メーカーがそれじゃダメだ
それは結局「高級化」などという言葉に逃げて競争力が失墜した家電業界の2の舞になるだけだ
市場全体からしてみればどうでもいい国内のオジン世代の時代遅れの妄想に付き合ってる暇なんて無い
今やるべきことは全く逆。いかにそう言う一部の人間以外どうでもいい要素を大胆に切り捨てて自動車を持つ事に日用品以上の価値をもたない世代を取り込むか。インドのタタみたいにいかに安い車を作れるかにかかってる。
- 投稿者 アンドロ自動車産業礼賛の記事、その視点のズレ具合がおもしろかったです。
- 投稿者 FD3S某経済新聞の記事かと思いました。それに外国の自動車にカリスマ性を見て、そこに追いつけ追い越せをもう一度やろうと呼びかける所など、笑いのツボまで押さえていらっしゃる。
記事の筆者の方は働いても給料が増えず、「100年に一度」等のマスコミの垂れ流すキーワードにこじつけて行われる人員削減、給与カットを身をもって体験してみたらいいと思います。
私は自動車が好きです。でも欲しいクルマがないし、欲しいクルマがあったとしても買うことができないのです。
価格破壊も一因ではないでしょうか。
- 投稿者 XR230車に限らず「それなりの二流品でいい」と思う人が増えている。。。
いいモノを作っても正当な評価をされず、開発費を削られてしまう。
車を実用品として見るか、趣味性の強い嗜好品の一種として見るかで、考え方は全く異なるでしょう。
- 投稿者 兼業トレーダー趣味性の強い嗜好品の一種として見れば、本記事は当たっている部分もあるかもしれない。
ただ、車を嗜好品とするには、あまりにも価格が高くないだろうか?
お洒落な服、美味しい食べ物とは1桁2桁価格が異なるのだから、車を嗜好品と考えるユーザーは全体の1%にも満たないのでは?
そして、車を実用品として見るなら、他の人も書かれているように本記事は全くの的外れになる。
私も先日長年持っていた車を手放したが、最近は月に1回も乗らない状況だった。
神奈川在住だが、それで駐車場代に1万円以上払い、車検、税金、保険と考えると、持っている意味は全く無い。
最近、レンタカーを利用したが、それで十分であり、逆に車が新しく整備されており快適だったくらいだ。
そりゃカリスマを形成し、熱狂的に盛り上げていくエネルギーを持つ若い世代がエコカーに憧れるとは考え難いですからね。
環境に配慮でき、維持費が安い事を美徳とする価値観を持つには、それなりの段階と言うものがあるように思えます。
若いときこそ見栄や自尊心が強く、車の性能や外見、値段などを持って自分を飾り立てようとするもの。
私自身、車の維持改造費の為に仕事をしてるのではないかと言う程、車に入れ込んだ時期がありました。
しかし、現状は若者は最もお金を持っていませんし、給与のベースアップどころか職まで失う状態。
メーカーも政府も若者より、貯蓄や人口比率の多い団塊世代のご機嫌取りを最重要視しているように感じます。
モーターレースも下火でスポーツニュースでたまに見かける程度。
F1やラリーを見て、こんな凄いメーカーの車に自分が乗っているんだという喜びを感じることも少なくなって来ました。
最近の車は不要な電化製品が多く(車体価格の3~4割は電装品が占めている事もよくあるとか)馬で草原を駆けている時のような、あの爽快感は消えていく一方です。
曰く、デジカメを使っているような気分と言うやつです。
そういえば何年も前に、トヨタがデザインのマンネリ化を解消する為に新たな部門を作りましたが、そこが上げてきたデザインの審査を古い価値観の世代が行うと言う変な構図がありましたね。
- 投稿者 SYOあれは一体どうなったのだろうか・・。
移動する際の快適さではなく、走る事自体が楽しい車、走る為に乗る車と言うものは本当に少ない。
現状では一部の重心が低いロータリーやボクサーエンジン車位でしょうか(それも電子制御で丸くなってしまったが)。
日夜友人達とタイヤやサスペンションを着けたり外したりして、エアコンや内装を外してまで車を軽くしようとしていた頃が懐かしい。
仕事、買物以外で車を使う者の立場から考えると、車が以前に比べて不便な道具になったという事であろう。仕事以外の生活の中で車が果たしたのは、社会的コミュニケーション・ツールとしての役割だった。
携帯電話で画像も送れなかった時代においては、他人とコミュニケーションをとるには、そこに出かけて行って、顔を会わせるしか手段はなかった。当然そこでは酒を酌み交わし、食事をすることも含まれた。
しかし、酒気帯びは厳罰、駐車も侭ならない時代に至って、車はその様な状況においても邪魔にすらなる代物になった。家族サービスのレジャー旅行でも同様な状況である。安いパックツアーに参加する方が、酒の心配や駐車場の心配がなく、心置きなく楽しめる結果となる。
そういう筆者も、3ナンバーを貸駐車場に止めたまま、ガソリン代より、維持費の方がはるかに高いという都会生活を続けて数年になる。上場会社の管理職となった息子たちに馬鹿にされてはいるが、昔の習性は抜けがたく、手許から車がなくなるのは何か人生の大きな部分が失われるような気がするのも、ただのノスタルジアであろうか。
- 投稿者 HANZO祖父の時代はサーキットで楽しむ嗜好品だったが、今は狭い道に溢れる下手な運転手の日用品です。需要は運転不要の真の「自動」車にあるのでは。日用品は楽を追求するでしょう。
- 投稿者 原田記事の内容にある意味賛同します。
- 投稿者 木村 等BMWと今のレクサスブランド車を乗っていますが、
メンテナンスが容易、故障が少ない?という以外に
国産車を買う理由がありません。
性能、静粛性、個性、機能、品質でドイツ車に
追いついていません。
一昨年、お手ごろ価格のトヨタ車を検討しましたが、
品質、性能などで買うのをやめました。
トヨタの車が売れなくなった理由がよくわかります。
今は、気に入った車をできる限り長く使って行くのが
エコに一番貢献すると思っています。
確かに、的外れな記事ですね。
ポイントは2つあります。
1.自動車文化の成熟により、クルマの存在が豊かさの象徴、憧れ、
カリスマから、単なる道具へとシフトしたこと。
また、時代の変化によりクルマの原罪が大きくクローズアップされ
走るだけで環境への影響、大気汚染や、CO2排出を助長する自動車の存在を
悪とみなす風潮が生まれてきたこと。その罪滅ぼしでHVがもてはやされている。
2.クルマを購入する層の可処分所得が減り
クルマが不要不急な層はクルマを所有せず。
クルマを必要とする層は下方シフトを起して
小型車や軽自動車に需要がシフトしている。
上記をを鑑みると
■国内自動車販売の減少が止まらない~好調な軽を含めても17%減だ。
2が当てはまると考えられ、これは、少子化の続く日本国の地盤沈下と共に
さらに加速するだろう。
■欧州車を中心に外国製の自動車はまだ、そのカリスマ性を維持しているようだ。
いわゆる、外車信仰は日本人のDNAに刷り込まれているがごとく存在しますが。
- 投稿者 yuki1.を考えると、いわゆるクルマが憧れであった世代で可処分所得の高い層
(団塊世代)と共に日本の外車信仰も消滅するだろう。
傍観者の立場から、一歩踏み出せぬ今です。
一応ほとんどゴルフのための足に、車を一台ずつ所有し、年数万キロの走行距離が数千キロに減りましたが、未だ惰性で一台保有しています。
車が必需品の文化は、その前に馬車が必需品の生活様式から生まれたものでしょう。
その様な立場から考えられる事は、車が必然的に基幹産業になるべき国と、単なるファションである国があるべきです。ファションとは、どうも人間の性であるらしく、とくに若い年代では価値があった物が流行遅れになると、ゴミに見えるようになるから不思議です。つい最近まで日光東照宮は、ゴテゴテの俗悪の象徴/省庁でしたが、文化の誇りに変わりました。
基幹産業であるべき国が、どうも下請けにまかせた方が良いと考えるようになるとは、面白いと云うかすっかり道に迷ったと言うべきか、その背景には想像に絶する葛藤があるはずです。
日本は下請けのなかで、今のところ他の追随を許さぬ技術ありと教えられています。私は要らぬ心配をするよりも、信頼を託しがんばれ耐えろとエールを贈ります。
- 投稿者 酔眼非常に的外れな記事としか思えない。
かろりーなさんに一票。
消費する側(特に若者)にお金が無いのである。
どれだけ魅力的な車があったとしても、消費側に車を持つ余裕が無い限り売れるということは有り得ない。
市場を回復するには消費者側に経済的体力を持たせるしかないでしょう。
デザイン云々は、そのあとの話です。
- 投稿者 hiro家計をカイゼンしたら、車への出費が削られちゃったからではないでしょうかね。
- 投稿者 忘太郎見栄や外聞によって積み増しされていた部分がそぎ落とされて、必要だけが残った。
その結果、お題で言うところの「カリスマ」もいっしょに削られて、道具としての車に行き着いたのかな、と。
でも私は別にそれで良いと思いますけどねえ。
安全で燃費が良くて長持ちするんなら文句ないですよ。
マイナーチェンジの度に買い煽って無駄銭使わせられる時代は終わりを告げましたし、この先日本がそういう社会に戻る事はないんですから。
車に熱中するはずの年代の若者が
そろいもそろって正社員に成れなかったのが主因でしょう。
車を所有する事を諦めざるを得ない現状です。
大卒就職率が3割程度しかなく
そのほとんどが派遣会社の様な時期が、もう10年以上も続いています。
正社員は深夜零時より前に帰る事が出来ないほど働いても
横ばいがせいぜいでいつも人員整理におののき
派遣会社に就職したものは、やめていく人間の年齢と
自分の年を見ながらもあるだけましと日々の生活費を得る。
頑張れば誰でも何とかなった時は終わってしまったのです。
首を切られたあと「日本では終わったしまった業界」の人間は
30台40台で「経験なし」で職探しをしなければなりません。
そんな先輩を見て働く若者が、良い車に乗りたい
もっとすごい車に乗りたいと思えるのでしょうか?
せめて夢とそれを繋ぐ細い道くらいは用意してから
- 投稿者 かろりーななぜ最近の若者は車に乗らないのかを考えたいです。
車がステータスだった時代……あー、小さい頃にそんな話聞きましたっけか。
個人的にはよくわかりません。高度成長前後の昔のお話ですよね。
車って、田舎では必需品だからみんな買うけど都会では費用対効果が悪すぎて買わない人の方が多い。
- 投稿者 通りすがり一方、実用性はないが個性的な一部の外車は今も好事家に人気と。
ただそれだけの話なんじゃないでしょうか。
国産車も個性を出せば、好事家が少し買うかもしれないけど、車は実用品と割り切った人々を引きつけるのは並大抵のことじゃないと思います。
結局リスク対メリットの話で多くの人が車に乗るのが嫌になってしまう一面があるのでは?
- 投稿者 全部タクシーでも警察の取り締まりも厳しい。
事故を起こせば車が悪い。
高い対価を払ってリスクを買っているようなもの。
この不況で車を手放したおかげで交通刑務所に行かずに済んだ人も沢山いることでしょう。
車がほかの交通手段に比べて安くて安全にならない限り車に未来は無いように思える。
若者が車に興味がないのは、別に高い車を買おうが
安い車を買おうが色はいっしょだから。
黒、シルバー、ブルー、何が違うの?と思う。
形態はいろんな色が選べるし、ユニクロもそう。
そもそも、昔からステータスというのは色や、素材でしょ。
何買ったって、国内で走る限り速さも変わらない。
煙をだすのも変わらない。
淘汰されればいいんじゃないですか?
テレビドラマの話もありますが、
- 投稿者 ベナユン車に乗るのがかっこいいのは、
映画俳優がのってるから?
日本ローカルの芸能人が乗ってるから?
いずれテレビは、トレンドを作り出す力も失うでしょう。
ネットで少人数でテレビ局でも作ればいいんだ。
こちらもすでに憧れの対象ではなくなりつつあるんじゃないの?
海外に住んでいるが、海外の車も似たような物で、たとえばVW Passatと海外に出ているカローラ旧車(昨年モデル)のリアースタイル、あるいはテールランプのデザインはそっくりである。近づいて確認しなければならないほどである。
- 投稿者 みんみん伝統的な高級車とされるベンツでさえか、横のスタイルが近代化されているが、でも全体的なデザインはよく見かけるもの。
ただスリースターがフロントグリルにあるのでわかるが。
その意味でいつも斬新性を感じるのはホンダ各モデルである。
フランスプジョーとBMWも個性的なデザインの中に入るか・・・と思っている。
アメリカのピックアップ小型トラックなどもそっくりである。
最大のポイントはもう憧れの耐久品でないと言う事だろうし、「ぜひとも買いたい」物でもなくなったことだろう。
テレビドラマ「官僚たちの夏」に言及しておられますが、あのドラマの中の国民車構想の部分は原作にすらない完全なドラマ用の創作なのではありませんか? そういう虚構の話を引き合いに出されても説得力には乏しいと思いますよ。
なお、車の個性の重要さを訴えられるのなら、なにも燃費に無頓着だった時代のガソリン喰いのアメリカ車なんかを持ち出さなくても、現在の日本でいろいろ工夫しつつ個性的な車を生み出す努力がなされているところにフォーカスする方が現実的かつ説得力がありませんか? マツダなんか個性的な車を作っているじゃありませんか。ホンダのCR-Zなんかも面白い試みだと思いますがね。
- 投稿者 権兵衛完全にマニュアル化されたマーケティングと「カイゼン」の果ての行き過ぎた部品共通化の結末なんだから今の体たらくは当然。
究極の官僚企業トヨタ、ゴーン氏登場以来ヒット車ゼロの日産、社風自己否定の末迷走状態が続くホンダ、そのさらに下の有象無象…
10年後には自動車メーカーの数が半分になっているのではないか?
- 投稿者 メシウマかつて自動車は気になっている女の子を釣る最高の道具だった、そう自動車はアピールの下手な男のコミュニケーションの最高の手段だったのだ。しかし現在それは洗濯機に等しい白物家電だ。かつては、自動車に詳しいと尊敬されたものだが、最近は自動車に詳しいと洗濯機に詳しいのと同様、そんなものに凝って馬鹿みたいと女の子から白い目で見られてしまうようになってしまった。
- 投稿者 第九の鉄人そう、昔はセリカやスカGやZに乗っているだけでぶ男でも結婚できたのだ、しかし現在は全く逆である。それに気付かない男は高級車を買っても女の子が寄り付かない理由がわからない。だから、トレンドに敏感な男は車に興味を持たなくなってしまった。もう、そういう人間達を相手に作られている自動車にロマンなんて無い。
もうエンスーなんて死語になってしまったし、そういう人間は希少種なのだ。私はそういう希少種だ、現在の日本に英国のトップギアを読むような人間はほとんどいない。だから、私は自動車会社を辞めて投資家になった。白物家電なんて作りたくもない、面白い車を楽しむ側の方がよほど幸せだ。日本にもGT-RやIS-Fなんて面白い車はある、ただヴィトンと同じで車が人を選んでしまう、これは作り手には難しい問題だ。
こんな難問を考えるより株の銘柄でも考えた方がよほど実入りが良い、あのホンダがNS-Xを止めてHVを作る時代なのだ。おそらく、これが豊かさがもたらしたモーメンタムの退廃だ。
固定費に悩む巨大装置産業の株は買えない、投資家がそう思うのだからおそらくこのセクターにもうばら色の未来は無い。