ロイター写真部
加藤一生
カメラやレンズ、パソコンのように、通常の撮影に必要な機材としてマスクや防護服、放射能計測器が加わってから、早くも1年が経とうとしている。
東日本大震災とそれに伴う福島第1原発事故の発生以来、立ち入りが禁止されている半径20キロの警戒区域は今やゴーストタウンのような状態だ。そんな20キロ圏内でかつて事業を営み、現在は避難生活を送りつつも事業を再開しようと頑張っている友人に協力を頼まれ、彼が暮らしていたエリアに同行することになった。
昨年3月11日に発生したマグニチュード9.0の巨大地震と、想定を超える大津波は、過去25年で最悪の原発事故を引き起こした。近隣住民は家財道具やペットを残したまま、緊急避難を強いられた。福島県内では15万人以上が未だ避難生活を余儀なくされており、その半分近くが警戒区域の住民だ。
車で20キロ圏内に入ると、地震で破壊された家屋や店舗が目に入ってきた。信号は黄色の点滅を繰り返しているが、付近に人の姿はない。かつて行き交っていた人々の代わりに、農場から逃げ出したのであろう牛の群れが、路上や住宅の敷地内に見える。賑わいのあったであろう商店街に、車の騒音や人々のざわめきはなく、ただ風の音と、たまに響く牛の鳴き声だけが耳に届く。
海岸沿いの集落は軒並み津波の被害を受けており、破壊された家屋や車、漁船やそれらの残骸が散乱している。放置されたままの子供用自転車、老人ホームの屋外に残された沢山の車椅子──。全く予期せぬ事態に、否応なく避難を強いられた人々の状況を、これらの情景は物語っている。
目の前から突然逃げ出したり、私たちの車を道端から見送る猫の姿を何度か目撃した。数千人の住民が一斉に避難する混乱の中で、20キロ圏内には数百匹の犬や猫などのペットが取り残された。
京都府に本部を置く「UKC JAPAN」は、これまでに警戒区域から約250匹の犬と100匹の猫を助け出し、彼らの家族が見つかるまで神奈川県の施設で保護している。
警戒区域内の浪江町で、一時帰宅中の住民男性に偶然出会った。
彼の自宅は一見それほど大きな被害を受けていないようだったが、周辺の放射線量を彼が測り始めた時、その考えが間違いだったことに気が付いた。
彼の持つ放射能測定器の警告音が鳴り響き、警告灯が点滅を始める。計測器を地表に近づければ近づけるほど測定値は上昇し、ある側溝では毎時85.1マイクロ・シーベルトに達した。それは私が今までに遭遇した最高値だった。
放射能の「見えない恐怖」を改めて実感した。私たちはすぐさまそのホット・ポイントから離れたが、自分の家や生まれ育った町から再び離れなくてはならないその男性の心情を思うと、悲しくなった。
政府は12月、計画的避難区域を4月末までに新たに制定すると表明している。年間の放射線量が50ミリシーベルト(訂正)を超えているエリアは、少なくとも5年間は居住できない区域と認定される。
私はこの悲劇が少しでも早く終息に向かい、避難している全ての方々が、放射能の不安がない自宅に戻る日が来ることを祈らずにはいられない。
そして取り残されたペット達が、彼らの家族と再会できることも。
(写真/ロイター 加藤一生)









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7件のコメント
瓦礫処理が進まない。・・だからと言って
- 投稿者 山中 雅和遠方まで大運搬費をかけて運ぶべきではない。
各地の原発が稼動停止になってしまった・・
残るは北海道の泊原発だけ7月にはそれも停止。
かつて「原子力船むつ」が、全国を盥回しに
され、廃船となった。”原子力発電バージ船”
というのは、ひとつの行きかただったかも?
内湾を湖化して、締め切り堤防は幅250m以上
高さ50m以上にする水門は船が通れれば良い。
新しく作られた”湖”も海抜50mの高さの平地
で埋め立てて行く。例えば越喜来湾や山田湾。
岬の向こうにも天然の良港があるので漁に不便
はない(例えば吉浜湾)海も深く相当の瓦礫搬入
可能である。大船渡・陸前高田・気仙沼等では
鉄道の短縮や環状8の字運行も考えられる。・・
木質瓦礫や泥炭草炭褐炭などは空気より軽い
メタンガスの発生源に。コンクリートや鉄骨は
骨材として使う。分別して集積すれば有用資源
の運搬集積である。東北太平洋岸には常磐炭鉱
もある。谷筋の土砂や岩石炭層を広く深く掘削
して分別搬出し空いた巨大な穴に瓦礫を搬入。
表面に農耕土壌を敷き詰めれば既存の尾根筋
と連なる広大な高台高地や牧場、居住地の造成
が可能である。運搬や造成は地元での雇用増。
・・・
この際大阪湾も最低海抜30mの高台への移住
を義務付ける。市街地も湖部分と居住部分を仕
分ける.淡路島を(大阪府シティー)に移管して
100~300万人住まわせる.大阪平野の周囲山地
も中標高高台に改造し、大阪湾も主要航路遮断
しない海抜30mの輪中式マリネーションを推進。
内部を湖化してから徐々に海抜30mまで埋め立
てて行く。それに使う瓦礫なら遠方運搬もあり
得るかも?東京湾も浜金谷~三浦半島~富津岬
を標高30mの造成陸地で塞ぐ。・・
花見川~手賀沼~利根川~北浦~涸れ沼間に
太い運河を通す。霞ヶ浦も国際港湾北海道北米
方面には涸川出口から出る。津波時には30mの
水門で防ぐ。それ以上の波が来たらあきらめる。
ノアの方舟はアララト山に漂着した。地球は
アルマジロ今また縮もう、縮もうとしているの
かも?・・
表面積が半分になれば海面は3000mでも上昇。
東電は、必ず潰れます。・・分かって融資
しているのですから。明らかな債務超過・・
税金は、周辺三電力会社に入れるべき。・・
電気料金は逆に下げるべき。値上目的爆破。
- 投稿者 山中 雅和石炭ガス化発電が低コスト。猪瀬副知事P.
三分割して、清算。・・機能は三電力へ。
福島県知事は、今のような対応なら切腹。
被災者代表として補償交渉すべきです・・
旧ソ連(ウクライナ)のチェルノブイリとか米国のスリーマイルに対し全く傍観者でしかなかった。
- 投稿者 Law&Orderこの度の福島で心理的に戦後が終わった、東京大学も官僚も全く信用できない。
東京大学は秋入学とかで世間を賑わせているが、これから補助金なしで大学運営を行っていくべきだ。
ハーバード大学で働いた東大出の教授は研究費を得るために自分でスポンサーを探すと言っていた。それくらいやったらどうか?
入学時期を変えるまえに大学自体が自立して福島に寄付でもしたらどうなのか?
官僚も官僚で震災援助目的の給料削減ぐらい進んで受ければどうなのか?
法案通過がどうこうのでなく自発的に年収の2割を震災援助に寄付したらどうなのか?
東大も官僚も全然責任を自覚していないようだ!!
悲惨な胸痛む状況ですね。ペットを避難させてくれた団体があるとは、知りませんでした。住民の方にとっては長期間帰れないという現実を避けて通れない以上、電力会社だけでは到底まかないきれないでしょうから税金を使ってでも新天地で出発できるよう補償が必要でしょうね。
ところで最期の写真の上の記載で、50シーベルトはおそらく50ミリシーベルトだと思います。ご確認ください。
- 投稿者 松島 正典【次は想定内の大地震】
福島原発の過酷な現場で働く人々の管理は、ちゃんとできているのだろうか?いつのまにやら2次3次の下請けの作業員の多くが外国の工作員に置きかわり、だれかの指令で電源設備や仮設冷却設備が破壊されるようなリスクについては想定され対策は講じられているのだろうか?
関東でも4年以内に70%の確率で大地震が起きると予想されている。まだ東北でも大きな地震が起きて津波までおこる可能性があるという。
いままでは想定外の名の下に圧殺されていたリスク情報が、遍く報道されるようになったことは喜ぶべきだが、再び大地震が東北や関東で起こったらどうなるのだろうか?福島原発にもういちど津波がきて仮設冷却設備や電源が破壊されたらどうなるのだろうか?地震の大被害に放射能汚染が上乗せされるのはまっぴらごめんだ。
今頃になって当時の政府は、原発事故の過酷な状況や最悪のシナリオを国民に隠していたのではないかとのニュースも流れている。未だに震災復興対策すらまともにできていないのに、もし首都圏や東北で大地震がもう一度起きたら、いまの政治家や役人らは、こんどこそはスムーズな対応ができるのだろうか?国会は日本人にとって優先順位の低い問題で白熱しているが、そしてなぜだかマスコミもそれを大きくクローズアップしているように思うが・・・公務員が選挙を歪めた問題と外国人から献金もらっていることの問題の軽重を考えてしまう。話がそれたが、関東圏がまた放射能汚染されるケースを含めて被害が少しでも軽減されるように早めに手をうってもらいたいものだ。
地震のリスクが高いというなら危機は現在進行形であることを忘れてはいけないように思う。
- 投稿者 Satoshi今回の原発事故は我が国の電力業界独占状態という妖怪がもたらしたもの。以来あいも変わらず、東電、保安院他の嘘八百が続いている。彼らの言うことは全く信じられないという実に情けない状態にある。“値上げは我々の権利である”などというあほな社長がいまだにおる。値上げの権利というのは自由競争があっての話である。今回の事故で、日本が反省してやらなければならないのは、東電の破たん処理、発送電の分離(規制緩和、発電の自由化、送電網の共有化など)、官僚の業界への天下りの禁止、等です。これができないのであれば、今回の事故で何の勉強もしなかった日本人ということになります。まあ、役人のお上意識がなおらなきゃ、何も変わらないでしょう。
- 投稿者 Rising Sun原発事故被災地の方々には実に大変なことと大いに同情申し上げたい。然しながら、地元の双葉町、大熊町(でしたか?)の方々は、当時原発設置に賛成されたわけで(勿論反対の人も沢山いたろうと思いますが)以来、国や東電からそれなりの(他の町では味わえないような)優遇措置をエンジョイされた来たわけで、その分、自ら招いた災害とある程度覚悟が必要ではないか? 播いた種は自ら刈り取らねばならない、つまり自己責任ということをもっと意識しないといけない。もっとも明治以来、何事も知らされず、お上のいうままに扱われてきた我々国民であるから、“安全、安全”と言われれば、ああ、そうですか、と考えてしまうのも無理からぬこととは思うが。福島県知事が一生懸命県民の為に頑張っておられる姿は、尊敬に値しますが、しかし、当時の福島県知事が原発設置に賛成したということであれば(私は、当時どのように原発設置が決まったのかについては知りません)もう少し、自らの当時の知事行政についても検証すべきところがあるのではないか?
お上に頼らず、自らの責任において決断することを心がけていきたいと思っています。
半径20キロの警戒区域の土地家屋全資産を、国が買い戻し付きで収容すべきだ。
廃炉終了まで長期間要し除染も行う必要があり、利用可能性の保証がなく、もう平常には戻らないだろう。
であれば、国が収容し慰謝料・補償金を権利者に支払うべきであり、万一
利用可能となった時には返却可能にするため5年程の期間内の買戻権を留
保すべきだ。市・町・村は廃止し国有財産として管理すべきだ。
住民・権利者は、国から充分な補償を受け、他所で生活を立て直すべきだろう。
これが一番現実的処方箋と思う。
- 投稿者 インテリ