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討論×闘論

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2009年10月08日

上がってきた稼働率、採算回復は?

Posted by: 児玉成夫

上昇が続く稼働率経済産業省が発表している製造工業稼働率指数は、2月に60.5まで低下したが、最近の鉱工業生産の増加を反映し、7月時点では77.2まで持ち直してきた。同指数は日銀審議委員が判断材料として注目しており、今後の景気や金融政策を占う上での重要性が高まっている。

水野温氏日銀審議委員は8月20日の岡山での講演で「持続的な景気回復が実現するための前提条件は、海外需要の回復によって、生産が企業の採算ラインを継続的に上回るところまで増加することであると考えている」と発言。

須田美矢子委員は、9月9日の長崎講演の資料の中で、製造業の損益分岐点稼働率指数(営業利益ベース)が80.0近傍と推定されることを明らかにした。さらに「採算が回復するまで、なおしばらくの時間を要するとみられる」としている。

8月鉱工業生産は前月比1.9%増加した。三井住友アセットマネジメント・チーフエコノミストの宅森昭吉氏は、8月の稼動率指数は78─79程度まで改善すると予測している。経済産業省は9月、10月の生産についてそれぞれ前月比1.1%、2.2%の増加を予想しているので、そのころには稼働率指数の80超えがいよいよ展望できそうだ。

10─12月期についても、日銀は9月金融経済月報で「増加が続くと予想されている」としており、損益分岐点稼働率を上回る状況が続きそうだ。そうした状況が継続すれば、完全に冷え切っている設備投資にもプラス材料となる。

しかし、宅森氏は「まだ設備投資が動き出す水準ではない」と慎重だ。同氏の試算によると、設備投資が動き出すには稼働率指数が少なくとも97程度まで上昇する必要があるという。

また、稼働率が高まっても、それが中長期的に維持できるかは依然不透明だ。日本を含む各国の対策が、生産・稼働率の押し上げに貢献してきたが、こうした政策効果も、年明け後は徐々に弱まってくるとみられる。

日本経済の55%を占める民間消費についても、雇用・所得環境の改善が見られず、この先の早急な持ち直しも見込みにくい。日本経済の改善を示すデータは徐々に増えつつあるが、民需主導の自律的回復への道は平坦ではない。

(写真/ロイター)

2009年07月14日

国産車から失われたカリスマ

Posted by: 児玉成夫

国内自動車販売の減少が止まらない。昨年秋以後の大幅下落は、金融危機によるところが大きいが、それを差し引いても長期下落傾向は明白だ。

軽自動車を除く乗用車の2008年の販売台数は281万台で、ピークだった1990年から35%も減った。好調な軽を含めても17%減だ。

こうした傾向は、人口減少、若者の支出の携帯電話へのシフトなどがよく理由に挙げられる。バブル以前と比べると、自動車が単に「足代わり」「下駄代わり」になり、人々(特に若者)のあこがれの対象でなくなったという国産車のカリスマ性喪失の影響も大きいようだ。かつては「いつかはスカイライン」「いつかはクラウン」などと言ったものだが、めっきり聞かれなくなった。

一方で、欧州車を中心に外国製の自動車はまだ、そのカリスマ性を維持しているようだ。なぜ国産車はせん望の対象でなくなったのか。

1つには、あまりに没個性的な車作りがあるのではないか。それがよくわかるのがスタイルだ。どの車も同じような形で、特に前面からだけ見た場合、車種の識別が非常に困難になっている。空気抵抗軽減、燃費改善などためスラントノーズ(フロントグリルの下部が出っ張った形状)の導入が拡大してからは、スタイルの同一化に一段と拍車が掛かったようだ。

AUTOSHOW FORD

失われた個性、カリスマ性を取り戻すのは容易ではなさそうだが、ビッグスリーでただ1つ生き残ったフォードのマスタングの成功は、ひとつのヒントになりそうだ。最近は街で新型マスタングの姿を見ることが多くなってきた。

マスタングは70年代前半のマッスルカー全盛時に若者のカリスマとなったものの、それ以後はオイルショックの影響もあり次第に小型化、カリスマ性も失なわれた。

現在のマスタングは6代目。小型化こそしたものの、初代のデザインを強く意識したものだ。フロントグリルの上部が突き出た逆スラントノーズといえるデザイン。空力効率はやや犠牲になっているのだろうが、サメを髣髴(ほうふつ)とさせる精かんなスタイルで魅力をアピール、マイナス面を克服している。久々に「アメ車」らしい「アメ車」に出会ったと感じたのは、筆者だけではあるまい。

国産車メーカーは、世界的経済混乱が収集すれば、日本市場は低調のままでも、新興国相手に十分やっていけると考えているのかもしれないが、国産車のカリスマ復活、さらに市場活性化にもうひと工夫欲しいところだ。

テレビでは城山三郎氏の代表作である「官僚たちの夏」の放映が始まった。通産省(現経産省)の官僚と企業が一体となって、外車の性能に追いつき追い越すことを目標に、必死に国産車を育成する姿が描かれている。50年以上前の話で隔世の感もあるが、今一度その姿勢を思い出してみてもよいのではないだろうか。

「特集 自動車産業の未来」はこちらから

(写真/ロイター)

2009年04月14日

どっこい生きていたアダム・スミス

Posted by: 児玉成夫

アダム・スミス──。ジョン・メイナード・ケインズとともに、史上、最も知られた経済学者である。自由な経済活動で利益を追求すれば「見えざる手」により、全体として経済はうまくいくという趣旨の国富論の著者でもある。
 
日本でも、「小泉・竹中構造改革」の下で、規制緩和による自由競争が是とされ、政府の経済への介入が不適切とされた時期には、彼も大いにもてはやされた。

しかし、昨年のいわゆるリーマンショック以後、どうも旗色が良くない。「小泉・竹中路線」が過剰な競争社会を作り出し、それが現在の格差拡大につながったとの見方が有力になるにつれて、彼の考えもタブー並みの扱いとなってしまった。景気下支えのため、世界的に財政出動の気運が盛り上がり、その重要性が再評価されつつあるケインズと対照的だ。

だが、各国の景気対策を兼ねた環境投資への高まりをみるにつけて、アダム・スミスの言う「見えざる手」の存在を感じているのは筆者だけであろうか。

USA/地球全体が深刻な環境悪化に直面していたにもかかわらず、世界景気が比較的順調だった時は、環境よりも経済成長を優先する空気が強かった。原油価格が上昇すると、省エネ・代替エネルギーへの取り組みが盛り上がりを見せるものの、下落すると一気に熱が冷めるという、いたちごっこの繰り返しだった。

しかし、世界的好景気が「見えざる手」により「強制終了」されてしまった後は、環境への対応も徐々に本格化しつつある(討論X闘論・4月10日「財務省の屋根」)。政府の今回の追加経済対策でも、省エネ家電やエコカーの普及、太陽光利用への具体策が示された。

アダム・スミスの「見えざる手」については、需給曲線を説明したものとされているようだが、今回の世界的バブルの強制終了と環境問題への本格対応のような動きまでを見通していたとすれば、恐るべき慧眼(けいがん)と言わなければならない。

アダム・スミスは1723年に生まれ、1776年に国富論を著した。1723年といえば、日本では、好景気に踊った元禄時代が終わり、8代将軍吉宗が財政引き締め(享保の改革)を断行していた時期とほぼ重なる。1776年は米国独立宣言の年でもある。

第2次世界大戦後も有力な経済学者が多数輩出したが、アダム・スミスはケインズと並んで今なお、圧倒的な存在感を維持している。

歴史は繰り返す。経済政策論議からの彼の「引退」は当面無さそうだ。

(写真/ロイター)