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‘北京五輪’のアーカイブ;カテゴリー

2008年09月01日

際立った勝者と敗者の明暗

Posted by: 伊賀大記

勝者と敗者の明暗がこれほどくっきりと分かれた大会も珍しいのではないか。大舞台で己の力を最大限解放させたアスリートがいる一方で、その舞台に立つ前に去っていった悲劇のヒーローもいた。

陸上ではジャマイカのウサイン・ボルトがレゲエのリズムに乗り、世界新記録を連発したかと思えば、ライバルである米国のタイソン・ゲイは予選落ち。男子4×100メートルリレーでもジャマイカと米国はそれぞれ世界新記録に予選落ちと、そのコントラストはくっきりと分かれた。中国13億人の期待を背負った男子110メートル障害の劉翔は走れずじまいだったが、水泳のマイケル・フェルプスは期待通り、過去最高の8個の金メダルを獲得した。

日本でも金メダルをとった女子ソフトボールとメダルを逃した野球では天と地ほど扱いが異なっている。ソフトの上野由岐子に国民栄誉賞の声が出る半面、野球の星野仙一監督にはその能力を疑う批判まで聞かれている。ちょっと前まで「理想の上司」などと言われていたのに大変な変わりようだ。

勝者と敗者を分けた要因はわからない。巷間言われるように気持ちの差もあるのかもしれないが、勝敗を分けたのは、ちょっとした違いからのような気がする。ケガも勝利を目指して過酷な練習を続けてきたからともいえよう。誰もが栄冠を目指し戦ったのだ。気持ちが入っていなかったとは簡単に言えないだろう。

戦えば勝者と敗者は必ず出る。大事なのは、負けから何を学ぶか、また負けてもへこたれないことだ。その意味で、念願の金メダルにはまたしても手が届かなかったが、試合後すぐさま「ロンドンに行きたいです。行かせてください」と言ってのけた女子レスリングの浜口京子は強かった。いつもは「気合だ」と叫んでいる父親の横でちょっとてれくさそうに笑っている京子が、そのときはアニマル浜口そのものに見えた。

あきらめるな。悔しかったら這い上がれ。いつもスポーツはそう教えてくれている。

2008年08月31日

中国の「大きさ」と「ギャップ」

Posted by: yuka.obayashi

天安門広場前で記念撮影をする人々北京五輪の取材が終わった。約1カ月の滞在中に見た「中国」はこの大国のほんの一部に過ぎない。ただ、初めて訪れたこの隣国で私なりに感じたことは多い。なかでも強烈に実感したのはその「大きさ」と「ギャップ」だろう。

五輪期間中の私の行動範囲は限られていた。報道陣の取材拠点となったメーン・プレスセンター(MPC)、寝泊りしたメディア・ビレッジ、そして北京に散在する競技会場。これらの間をシャトルバスで行き来する毎日だ。競技会場間が離れており、五輪関係車両専用の「オリンピックレーン」を走れるシャトルバスで渋滞を避けて移動しないと時間のロスが大きい。各会場の警備も厳しく、タクシーで会場に移動してもメディア専用入口にたどり着くのが一苦労で、そこで改めてセキュリティーチェックも受けなければならないため、行動範囲は自然と「リストリクテッドエリア」という一般の人が入れない区域に限られてしまったとも言える。

バスから見えたのは、巨大な商業ビル群とそのビルに書かれた大きな社名、派手なネオンサインが光る大型ホテルやレストラン、米国の郊外型モールのような巨大ショッピングモール。広い幹線道路や高速道路。何しろ大きい。MPC内で中国文化を紹介するため実演していた生け花も、繊細な日本のそれとは違う、太くて大きい花や枝を使った大ぶりな作品が多く、島国文化とは異なる「大陸文化」のスケールの大きさに触れた気がした。

そして人口13億人のパワーも感じた。まず、開会式。演目毎に千人以上のパフォーマーが登場して舞台を埋め尽くす。大掛かりな舞台装置にもびっくりしたが、登場人物の数には圧倒された。空港、MPC、競技会場、地下鉄の駅、ショッピングセンターの受付など、ありとあらゆるところにいるボランティアの数も半端ではなかった。空港で入国審査後、シャトルバスに乗るまでにも10人以上のボランティアが「こちらへ」と”リレー案内”してくれた。北京に住む日本人駐在員が言っていた。「本来1人でできる仕事を10人でやっているよね」。

マンパワーと言えば、中国選手団への声援も迫力があった。地元開催という側面もあるが、普段でも「喧嘩しているのか」と思うほど大声で話す中国人の応援はまさに「大音量」だった。重量挙げ、体操、バドミントンなどの会場では日本語の「がんばれ」に当たる「加油(ジャーヨ)」の大合唱で天井が吹き飛ぶのではないかと思ったほどだ。政府が観戦マナーの改善を呼びかけた成果か、相手国へのブーイングはあまり聞かれなかった。私がブーイングを耳にしたのはバドミントン会場での日本応援団に対するものだけ。逆に、体操などで失敗した選手がやり直す際には国籍に関わらず拍手を送り、健闘を称えるシーンがみられた。

五輪閉会後に街を歩いてみると、表通りから一歩奥に入ると雰囲気ががらっと変わることがわかった。大きな道路沿いには東京と同じような高級ホテルや大型オフィスビルが立ち並び、ブティックや高級百貨店なども目にするが、ほんの100メートル先の埃っぽい裏通りには野菜や果物を道端に並べて売る人達や、昼間から中国版チェスのようなゲームに興じるおじさん群、そして戸外で夕涼みするおばさん達の姿があった。発展途上国でよくみる庶民の生活だ。

北京に住んで約3年になる友人の英国人夫妻の家を訪ねてみた。王府井という繁華街から歩いて15分の一見ごく普通の民家だが、内装はスタイリッシュで中庭を囲むコの字型2LDKには外国人が快適に暮らせる設備が整っていた。なんと、五輪が開幕する2─3週間前に「外国人で怪しい」というような理由でそれまで住んでいた家を突然退去するように言われ、まだ引っ越したばかりだという。彼らの家の周りは長屋のような貧しい民家がひしめき合っていた。その長屋にはトイレやキッチンはなく、近くの公衆トイレを使い、食事は外で済ますという。昔の町並みが残っている通りで公衆トイレが多かった理由がやっとわかった。食事に関しても、物価が安いため地元の「食堂」で10元(170円)も出せば満腹にはなれる。

友人が言った。「覚えておいて。トイレやキッチンのない家に住んでいる人々がこれだけ北京にいる。ただ、13億人のうち、多くの人がもっともっと貧しい田舎に暮らしているということを」。

英国の新聞社に務めるもう一人の友人が付け加えた。「『北京五輪が終わったら報道の自由はまたなくなるのか』とロンドンのボスが聞いてくるけど、質問自体が間違っている。実際、五輪に向け報道の自由はどんどん狭められたのだから」。

国の威信をかけ、史上最大の五輪を「成功」させた中国。最後に訪れた天安門広場では、毛沢東の巨大肖像画の前で、はしゃぎながら記念撮影をする中国人観光客の姿が目立った。

この大国の表と裏の「ギャップ」は一体この国の未来にどう影響していくのだろうか。

2008年08月30日

上野と星野―「気迫と連帯感の差」が明暗を分ける

Posted by: yuka.obayashi

上野の気迫の連投で金メダル北京五輪の取材を終え日本に帰国すると、ソフトボール日本代表の豪腕投手、上野由岐子選手の人気が急上昇し、野球日本代表の星野仙一監督がバッシングの嵐にさらされていた。私の感想は「やっぱり」。

幸運にも私はソフトボールの3連戦(米国との準決勝、決勝進出をかけたオーストラリア戦、そして米国との決勝)と、野球の2連戦(韓国との準決勝、米国との3位決定戦)を取材する機会を得た。

2つのチームの明暗を分けたのは「気迫と連帯感の差」だ。ソフトボールは準決勝で米国に敗れたこそしたものの、相手は過去3大会を連覇した強豪。予選で日本はコールド負けを喫したほどだ。その米国を相手に延長9回までイーブンで戦ったこと、その後のオーストラリア戦で延長12回の「死闘」を戦い抜き勝利を収め、決勝でついに米国を破ったことは、日本だけでなく世界に驚きと感動を与えた。外国人記者も多かった決勝後の記者会見では、質問は上野に集中した。

上野の集中力と気迫の投球にはもちろん頭が下がるが、勝因はそれだけではない。

走者をため、ピンチを迎えても、相手のバントや内野ゴロを冷静にミスなく処理し、上野を支えたチームメート。打っても、大柄な米国人ピッチャーの高速球に食らいつき、得点を重ねて上野を支えたチームメート。「上野と心中するつもりだった」と全幅の信頼を置きマウンドを任せ続けた斉藤春香監督。文字通り「チーム一丸」となったからこそ勝利の女神が輝いた。米国との3位決定戦に破れメダルを逃す

対照的だったのは星野ジャパン。

ソフトボールの感動が覚めやらぬ22日午前に始まった韓国戦で、日本は先行したが、追いつかれ、追い越され、そのまま敗退。そして、翌日の米国戦も先行したが、追いつかれ、追い越され、敗退。追いつかれた時に嫌な予感がした。その予感が当たった。大切なところで守備にミスが出る。追加点が欲しいところで打線がつながらない。気迫も連帯感も全く感じられなかった。

そして試合後の監督の態度が我々報道陣をさらに失望させた。韓国戦後の記者会見で日本人記者が丁寧に「敗因」を聞く。

「負けたのだからは敗因はどこかにあるのだろうが、今さら言ってもしょうがない」。これでは会見が成立しない。その後の韓国人記者からの質問に対する答えにも「監督の品格」はなかった。対照的に韓国のキム・ギョンムン監督は、予選で日本に勝った時と同じように「今回の試合に勝ったからと言って韓国が日本より強いとは言えない。日本には学ぶことが多い」という答えを繰り返した。

3位決定戦で米国に負けた時は、審判のストライクゾーンの判定が日本とは異なり「投手がかわいそうなほどだった」と話したが、自らの反省やチームの連帯感が欠けていたことについての反省は一切なかった。

日本代表選手団の幹部は五輪の全競技が終了後、プロリーグがある野球やサッカーはリーグ戦が優先され「チームジャパン」としての練習が十分にできないこと、選手村に滞在しない「特別扱い」を受けていることなどを問題視する異例の発言をした。

ソフトボールも野球も2012年のロンドン五輪では正式競技から除外される。最後の五輪を「有終の美」で終えたソフトボール、その逆の形で終えた野球。名誉を挽回するチャンスはいつか訪れるのだろうか。